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札幌地方裁判所 昭和26年(ワ)192号 判決

北海道千歳郡千歳町宿梅千十六番地

原告

長尾重太郎

右訴訟代理人弁護士

岩沢惣一

札幌市北二条西十丁目

被告

大島清治

右訴訟代理人弁護士

庭山四郎

大阪市西区西長堀北通一丁目四番地ノ一

被告

マルキ号株式会社

右代表者取締役

水谷幾造

右訴訟代理人弁護士

庭山四郎

被告

右代表者法務総裁

小原直

右指定代理人

永本広

舘忠彦

高森正雄

右当事者間の昭和二十六年(ワ)第一九二号不動産移転登記抹消請求事件に付当裁判所は次の通りに判決する。

主文

被告大島清治は別紙目録記載の不動産に対する札幌法務局恵庭出張所受付昭和八年四月十七日第三五七号公売による所有権移転登記抹消登記手続をせよ。

被告マルキ号株式会社は右不動産に対する右出張所受附昭和十二年十二月二十日第一六九八号売買による所有権移転登記抹消登記をせよ。

被告国は右不動産に対する右出張所受附昭和十七年二月十三日第一一九号寄附(贈与)による所有権移転登記抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め其の請求原因として、原告は大正十四年十二月三十一日訴外竹内義勝より別紙目録記載の土地を買受け所有していたが、昭和八年四月十五日札幌税務署により租税滞納処分として之を公売された結果、被告大島清治がこれを落札し同年四月十七日札幌法務局恵庭出張所受附第三五七号を以て其の所有権の移転登記を経由した。其の後被告マルキ号株式会社は昭和八年十一月二十三日右大島清治から売買によつて右不動産を取得し、昭和十二年十二月二十日札幌法務局恵庭出張所受附第一六九八号を以て其の所有権移転登記をなし、被告国は海軍省の名に於て昭和十六年十月二十日被告マルキ号株式会社より右不動産の寄贈を受けて其の所有権を取得し、昭和十七年二月十三日札幌法務局恵庭出張所受付第一一九号を以て其の所有権移転登記を経了した。ところが前掲札幌税務署の公売は違法であつたから原告は行政裁判所に対して公売取消の訴を提起し審理を求めた結果、昭和二十一年十一月十八日に至り札幌税務署長が昭和八年四月十五日原告に対する租税滞納処分として原告所有の北海道千歳郡千歳町宿梅所在の別紙目録記載の土地につき為したる公売処分並びに右に対する原告の訴願につき同年七月五日札幌財務局長の裁決は之を取消す旨の判決を得同裁判は確定し右土地は初めに遡つて原告の所有に帰した。

従つて昭和八年四月十五日札幌税務署長の公売によつて所有権を取得したものとして為された被告大島清治の別紙目録不動産に対する所有権移転登記はその取得原因を欠くことになり、被告マルキ号株式会社の同不動産に対する所有権移転登記は無権利者よりの売買に基くものであつて実質上の権利を伴わないものである。又被告国が海軍省の名義を以て行つた別紙目録不動産に対する所有権移転登記は、無権利者の贈与に基くものであつて何等実質上の権利の伴わないものとなり、何れも無効の登記であること明かであるから夫々その抹消を求めるために本訴請求に及んだと述べ、

被告国に対し原告が被告の主張する様な文言の上申書を海軍省にあてて提出した事実はあるが、該上申書は当時の海軍千歳航空隊の強要により戦力維持の目的を以て提出したものである。しかるに其の後昭和二十年九月二日降伏文書調印により日本がポツダム宣言を受諾した結果海軍は解体消滅し戦力維持を目的とした右原告の上申書も其の後の重大な事情の変更により効力を喪失したので原告は何ら之に拘束されることはない。しかも上申書が効果を生じたのは原告が行政訴訟に勝つた時でありそれまでは法律効果は発生していなかつた。即事情変更のあつたのはそれより以前であるため被告のいう様に確定している法律秩序を破るようなことはなく事情変更の原則の適用に支障はない。尚右上申書にある条件たる事実の発生したときは意思表示の相手方である日本帝国海軍は解体消滅し法律効果の発生は不能に帰したものというべきであつて、普通の所謂事情変更とは比較にならない重大な変更があつたのである。

若し事情変更が認められないとしてもポツダム宣言第九項によれば日本国軍隊は完全に武装を解除せられ云々とあり、更に一九四七年六月十九日極東委員会採択の降伏後の対日政策の第一部窮極の目的二の(3)によれば「日本国は完全に武装解除され非軍事化される。軍国主義者の権力及び軍国主義の勢力は全面的に除去される。軍国主義及び侵略の精神を表明する一切の施設は厳重に彈圧される」と定められ、之等の趣旨に全く相反した右上申書はその効力を認められないこと明白である。

仮に右原告の主張が認められないで上申書が有効としても右上申書は本件土地は海軍の戦力維持に必要であるから原告が行政訴訟に勝訴の結果所有権を回復しても明渡等の請求はしない。また原告が土地所有権を回復できなかつたとしてもそれに基く損害賠償請求等はしないというだけのものであつて土地所有権を抛棄したものではない。被告国は「原告が行政訴訟の取下を承諾しなかつたのは土地所有権を固執した為ではない、因に原告は勝訴によつて土地所有権を回復する一種の期待権を抛棄した」と主張しているが土地所有権の回復は願わないで行政訴訟を維持進行する筈はないから右主張は何れも否認する。右上申書中土地所有権喪失に基く損害賠償云々というのは原告が行政訴訟に敗訴した場合のことをいうのではなく、行政訴訟に勝つて公売処分が取消された場合に万一何かの法律的原因によつて本件土地が原告に復帰しないようなことがあれば、本件土地所有権喪失(上申書には喪失という字句を用い抛棄という言葉を用いなかつた)によつて蒙る損害に付大島、水谷に賠償請求をすればよいから海軍に対しては何等異議を言わない、土地明渡も求めないという意味であつて土地所有権の確保は希望しているのである。

仮に右上申書が本件土地の所有権を抛棄する意味を有しているとしても、右上申書による抛棄の意思表示のなされたのは昭和十五年五月二十四日であつて札幌税務署長の本件土地の公売が行政裁判によつて取消される以前であるから原告は本件土地の処分が出来ないので抛棄は無効である。所有しない権利の抛棄は出来ない。従つて右上申書による意思表示によつて被告国が本件土地の所有権を取得することは出来ない。仮に抛棄出来るとしても右は若し原告が行政訴訟に勝訴した場合に於て国防上戦力増強の為め原告の本件土地の所有権を抛棄するという停止条件附法律行為であり、その条件となつている事実は昭和二十一年十一月十八日行政裁判所の原告勝訴の判決宣告により実現したのであるが、それより前終戦となりポツダム宣言第九項で陸海軍は解体せられ更に昭和二十年九月二日降伏文書の調印により日本国及び国民は国防並びに戦力増強はもとより一切の敵対行為を禁止せられ武装を解除せられた。而して右ポツダム宣言及び降伏文書は日本国自体はもとより日本国民にとつても法規的の拘束力をもつている。

従つて右上申書に基く停止条件附所有権抛棄の法律行為の効果の発生は右宣言及び文書に違反する結果となり法律行為自体不法性を帯び民法第百三十二条により無効である。若し不法条件附法律行為でないとしても戦力増強の為の土地所有権抛棄の停止条件付の意思表示は、昭和二十年九月二日の降伏文書調印以後は日本国及び日本国民に対して禁止せられた行為となりその効力を喪失した。元来右上申書の権利抛棄は国防上の必要から海軍が本件土地の所有権を取得することと表裏一体の関係を持つのであるが海軍の所有権取得が法律上不能であるとすれば原告の本件土地所有権抛棄も意味を失い無効である。

仮に右主張が全部認められないとしても被告国の主張は憲法第二十九条第三項の私有財産は正統な補償の下に公共のために用いることが出来る旨の規定に反している。被告は昭和八年僅に百二十六円七十六銭の原告の税金滞納の為本件土地二十六筆合計五百町九反二畝二十四歩当時二万八千円相当のものを僅に金三千五百六円五十銭で公売し右処分が行政裁判により取り消されると、旧日本帝国の海軍に提出した原告の戦争協力の上申書を引用し原告の本件土地所有権を何等の補償なしに喪失せしめようと努力しているのは不当である。加うるに憲法第二十九条第一項にも違反し不法低廉の公売をして国民の財産権を侵害し更に戦争協力を強いて前述上申書を提出せしめた。しかも戦争終了して本件土地を保有する必要がなくなつたのみならず旧海軍の設備を保持出来ない現在旧海軍の遺物を何故維持しようとするのか了解に苦しむところであつて本件訴は具体的妥当性を欠いて失当である。被告国は原告の所有権抛棄により本件土地の所有権を取得したと主張するが所有権の抛棄は相手方のない一方的意思表示であるから仮に原告が本件土地の所有権を抛棄したとしても其の所有権を被告が取得することはない。

尚被告国が主張するように公売処分の取消迄は被告マルキ号株式会社の海軍省に対する贈与が有効で其の間に原告の所有権抛棄により被告国が有効に所有権を取得したとしても前述無効の登記を有効のものとすることは出来ない。登記義務者以外の者がなした全然別個の登記原因に基く無効の登記を現在の権利関係に合致するからといつて其の儘維持出来るとすれば、登記義務者が抗弁権をもつている場合にも、自分のなさない他人が別個の登記原因に基いてなした登記によつて抗弁権を奪われる様な不当な結果を生ずるから、右のような登記は抹消の請求が許されるべきである。従つて本件に於いても被告等は無効登記の抹消請求に応ずる義務がある。之は原告の権利抛棄の問題とは何等関係がない。被告国が原告の権利抛棄によつて本件土地の所有権を得たというなれば訴によつて別に新たな登記を求めるべきである。(斯くすることにより登記義務者の抗弁権の存否に付裁判所の判断を受けられる。)と附演し、

被告大島及びマルキ号株式会社の答弁に対し行政訴訟の判決は当該訴訟に加わつたかどうかに関係なく其の事件に付利害関係を有する総べての第三者に対し効力を及ぼすから、公売処分による落札者及びその承継取得者全部に効力があり、被告等は、総べて原告の本訴請求に応ずる義務があると述べ、

立証として甲第一号証第二号証の一乃至二十六同第三号証を提出し、原告本人及被告大島清治の各訊問を求め、乙第一号証の成立を認め同第二号証は不知と述べた。

被告等は何れも原告の請求棄却の判決を求め答弁として、

被告国の指定代理人は原告主張事実中別紙目録記載の土地が原告の所有であつたが、其の主張の通り滞納処分として公売され被告大島が落札し之を被告マルキ号株式会社に売渡し、更に同会社より被告国に贈与し夫々原告主張の通りの移転登記がなされたこと、及び右公売処分が原告主張の日に行政裁判所によつて取消されその裁判が確定し、右登記が何れも原告主張の通り取消原因を欠く無効の登記となつたことは全部之を認めるけれども、陳述する事由により本件土地は原告の所有に属せず国の所有であるから原告の請求には応じられない。

それは本件土地を競落によつて取得した被告大島から之を買受けた被告マルキ号株式会社が、昭和十四年末頃海軍省に寄附したい旨申出があり、当時同省としては千歳航空隊基地を拡張する必要があつたのでその主旨を了承したけれども寄附物件に関する法律上の紛争に拘はりをもつことを嫌い、同航空隊主計長より被告マルキ号株式会社の管理人に対してその点釈明した結果、本件土地は原告が札幌税務署長を相手取り公売処分取得の行政訴訟繋属中であることが判明した、そこで右主計長は海軍省に右寄附申出の件を報告するとともに水谷、大島、長尾等を招致して海軍省としては本件土地を無瑕疵で取得したい旨を申入れ関係人の協力を求めたところ水谷、大島は賛意を表したが原告は行政訴訟の勝訴を信じて訴の取下をしなかつた、しかしそれは原告が超過差押ないしは不当低価公売を理由として公売処分の取消を求め金銭的補償を得ようとしていたためであつてもとより土地所有権そのものを固執するわけでもなかつたので、同年五月二十四日原告より「今回本件土地を水谷政次郎より海軍に寄贈せらるることになつたがこの土地は目下行政訴訟の目的になつており、行政裁判所の判決の結果もし原告が勝訴するにおいては大島清治、水谷政治郎両名共遡及的にこの土地の所有権を取得しないこととなり、右水谷政次郎よりの寄贈に基く御庁の右土地所有権も原告に対抗することが出来ない虞があるけれども、御庁の該土地使用は国防上緊要の理由によるものであるから当方に於て土地権利回復を原因として御庁に対し何等かの請求をなすのは適当でないと思料する。且つ土地所有権喪失に基く損害賠償は当方より大島清治、水谷政次郎に対し、請求せば充足せらるるものであるから右の方法によることとし、御庁に対しては何等の異議等申出せざることを誓約する」旨の上申書を海軍省宛に提出した。右上申書の提出に当り海軍千歳航空隊が其の提出を強制したことはない。而して右上申書の趣旨は若し原告が行政訴訟で勝訴したならば回復するであろうところの本件土地所有権(一種の期待権)を抛棄するというのであつて条件附法律行為ではない。上申書中原告勝訴云々というのは土地所有権抛棄の動機を説明したまでであつて条件ではなく、国は原告の上申書による権利抛棄ないしは贈与により直に所有権を取得したのであつてその後は原告と国との間には何等の権利義務の関係はなくなつている。従つて被告国の所有する土地について原告主張の様に軍備が禁止せられても土地が原告に復帰することはないし、前所有者に返還しなければならないこともない。

仮に原告が行政訴訟に勝訴した場合というのが条件であるとしても原告が本件土地所有者とならないという意思表示が不法となることはない。殊に原告が所有権回復という期待権をも抛棄している以上終戦による日本軍隊の解体という事実が生じたとしても条件が不法になるということはない。従つて被告マルキ号株式会社より海軍省に対してなされた寄贈(昭和十七年二月十五日所有権移転登記)は行政裁判所によつて前掲公売処分が取消される迄は有効であるのみでなく、その後においても右上申書による法律行為のため原告は本件土地の所有権を喪失し行政裁判に勝つても其の所有権を回復することはないのであるから国に対して右登記の抹消を請求する権利はないと述べ、

尚原告の事情変更並びに日本管理に関する基本的法令の趣旨に反するとの主張に対しては、事情変更の原則は一般に債権関係に於て予知しない又は予知出来ない契約の基礎的事情に変更が生じた場合に於て、衡平上の見地より当事者に其の契約内容の訂正を許し、これを一方が拒否した場合に相手方に解除権を認めるという原則であつて、本件の如く権利抛棄の意思表示があつた後の変動には適用がない。既に確立された法律効果がその後客観的事情の変更によつて当然無効となるとすれば法律秩序は根底より覆へされて之を維持することが出来なくなる。昭和二十年九月二日降伏文書の調印によりポツダム宣言を受諾した結果海軍が解体消滅する等重大なる情勢の変化があり、連合国による日本管理に関する基本的諸法令によつて日本の武装解除軍事力の経済的基礎の消滅等が定められたが之は本件土地所有権が国に帰属することとは直接に関係がない。ただ日本の航空基地の存続が許されなくなつた結果、従来行政財産として海軍省の所管に属していたものが大蔵省の所管となり普通財産として移管の手続が採られることになつただけであつて、之等の手続は右管理諸法令の趣旨に違反することはないと附演し、

立証として乙第一、二号証を提出し証人中村千綱(第一、二回)同竹内義勝の各証人訊問の結果を援用し被告大島清治及被告マルキ号株式会社代表者水谷幾造の各訊問を求め、甲第一乃至三号証の各成立を認めた。

被告マルキ号株式会社及被告大島清治の訴訟代理人は、原告主張事実中原告が本件土地を訴外竹内義勝より買受け所有していたのを租税滞納処分として公売され被告大島が之を落札しその所有権移転登記をしたこと、被告マルキ号株式会社が昭和八年十一月二十三日相被告大島から右土地を買受けその所有権移転登記を経由し、同十六年十月二十日之を被告国に贈与しその所有権移転登記を為したこと及び右公売処分取消の行政裁判所の判決が確定したことは之を認めるけれどもその為被告大島が本件土地の所有権を初めからもたなかつたこととなり、又被告マルキ号株式会社は無権利者から本件土地を買受けたこととなり、同被告が被告国に寄贈したことも無権利者の行為となり右被告者間の各所有権移転登記は何れも実体上の権利を伴はない無効の登記となつたことは之を争う。右公売処分が取消されたとしても行政裁判所の判決による取消の効果は必ずしも一般の法律行為の取消の理論によらないし、殊に訴提起後一般債権の消滅時効期間の十年を経過したる後に判決があつた場合には時効制度の理由や取引の安全保護の建前から公売処分取消の効果は遡及しないと解すべきである。即右判決は単に確認的効力を有するに過ぎない、従つて被告等は遡上つて無権利者となることはないので原告の被告大島及びマルキ号株式会社に対する本件登記抹消請求は失当であつて応ずることは出来ない、と述べ、

立証として被告大島清治及び被告マルキ号株式会社の代表者水谷幾造の訊問を求め甲第一、二号証の成立を認めた。

理由

別紙目録記載の土地が原告の所有であつたが租税滞納処分として公売され、被告大島清治が之を落札し、その後被告マルキ号株式会社に売渡し、同会社は之を被告国に贈与し、夫々主文第一、二、三、項掲記の通りに其の所有権移転登記を経由したこと、及び右公売処分取消の行政裁判所の判決が確定したことは当事者間に争がないのであるが、被告国は本件土地は原告の所有ではなく被告国の所有であるから原告に本件土地所有権移転登記の抹消を求める権利はないと争い、被告大島清治同マルキ号株式会社は夫々主文第一、二、項掲記の土地所有権移転登記が実体上の権利移転を伴はない無効の登記であることを争つている。

けれども本件土地に対する租税滞納処分として行われた公売処分が行政裁判に於て取り消されたる以上右公売によつて所有権を取得した被告大島清治は遡及して本件土地に付所有権を有しなかつたこととなり、同被告から本件土地を買受けた被告マルキ号株式会社は無権利者から之を買受けたこととなり、同被告から本件土地の寄附(贈与)を受けた被告国は無権利者から贈与を受けたこととなり、右被告等の所有権取得の各登記は実体上の権利を伴はない無効の登記といわなければならない。従つて之に反する被告マルキ号株式会社同大島清治等の「行政裁判による取消は確認的の効力を有するに過ぎないから同被告等は遡及して所有権を有しなかつたことにはならない」との主張は採用し難い。しかし乍ら右認定を以て直に原告の請求は正当であると速断することは出来ない、即登記請求権は物権的請求権であるから原告が右各登記の抹消請求を理由あらしむる為には本件土地に付所有権を有することを必要とする。よつて更に本件土地の所有権が原告にあるかどうかについて審按するに被告原告との間に於て成立に争のない乙第一号証に原告本人訊問の結果、証人中村千綱(第一、二回)の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告が昭和十五年五月二十四日中村主計を通じて海軍省に対してなした意思表示は、本件土地の行政裁判の勝訴によつて原告に所有権が復帰した場合に国防上海軍が右土地を必要とする状況が継続して存在しているという事実を条件として予め贈与する一種の停止条件附の法律行為と解せられる。而してそれは原告が訴訟に勝訴した時国防上海軍が本件土地を必要とする間に勝訴する事を停止条件としているものと解すべきである。ところが原告が裁判に勝つた時には海軍は既に解体していて原告が本件土地を海軍省即国に献納し国防上の充足しようとした目的は達せられなくなつていたのである。従て停止条件は結局成就しなかつたこととなつて本件土地の所有権は被告に移転せず依然として原告にあるものといわなければならない。被告国は原告の上申書(乙第一号証)によつて直に所有権を取得したと主張しているが右乙第一号証はしかく単純な権利の抛棄又は贈与の意思表示とは解し難い、所有権の抛棄は相手方のない単独行為であるが右上申書は相手方があるから権利の抛棄とは考えられないので贈与と解しなければならない。権利の抛棄は権利を消滅せしめる意思表示であるから之によつて他の者がその抛棄した権利を直に取得するとは考えられない、又右上申書による意思表示を贈与と解釈すれば当時未だ公売処分が取消されていなかつたので一応有効と考えなければならないないから原告が直に有効に本件土地を処分出来ないので即時に贈与の効果を発生せしめるに由なかつた、のみならず若し無条件に原告が右上申書によつて被告国に所有権を譲渡しようというのであれば行政訴訟を継続維持する筈はない。被告国は行政訴訟を続行したのはそれによつて金銭的利得をしようとしていたのであつて土地の所有権そのものを維持するのが目当ではないと主張するが、若し当時の原告の考えが被告国のいう通りであれば当時海軍省としても寄附物件に関する法律上の紛争に拘はりを持つことを嫌い瑕疵のない土地を取得したかつたというのであるから、被告大島及マルキ号株式会社等と話し合つて乙第一号証にもある様に同人等に対して金銭的補償を求めて行政訴訟を取下げる方法も考えられた筈である。ところが話し合の成否は別として斯る方法によつて解決しようとした形跡はない。従つて被告国の主張は採用し難く本件土地の所有権は前述認定の通り依然として原告にあり、且本件各登記は実体上の権利の伴はない無効の登記であるからその抹消を求める本訴原告の請求は何れも正当である。

仍て之を認容し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の通りに判決する。

(裁判官 福原義晴)

目録

北海道千歳郡千歳町祝梅千十六番地の九

一、原野 五町五反拾壱歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の壱

一、原野 百四拾五町二反四畝参歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍

一、原野 六町五反弍畝十六歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の八

一、原野 七町八反壱畝八歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の拾七

一、原野 拾五町九反七畝六歩

同道同郡同町祝梅千拾六番地の拾九

一、原野 拾六町四反八畝歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍拾

一、原野 拾五町六畝参歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍拾壱

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍拾弍

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍拾参

一、原野 拾四町九反七畝弍拾弍歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍拾四

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍拾六

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍拾七

一、原野 拾八町八畝拾六歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍拾八

一、原野 弍拾壱町八反五畝七歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の弍拾九

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾壱

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾弍

一、原野 拾壱町四反歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾参

一、原野 拾四町参反参畝弍拾五歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾四

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾五

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾六

一、原野 拾五町歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾七

一、原野 七町六歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾八

一、原野 七反拾参歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の参拾九

一、原野 拾町六反弍畝弍拾六歩

同道同郡同町祝梅千十六番地の四拾

一、原野 参拾八町八反四畝拾弍歩

以上

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